東京高等裁判所 昭和39年(ネ)492号 判決 1966年5月23日
控訴人 三菱商事株式会社
被控訴人 国
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求はこれを棄却する
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左に附加する外原判決事実摘示と同一であるから、右記載をここに引用する。
被控訴代理人は、
控訴人の後記予備的主張(イ)に対し、不二商事株式会社振出の本件手形を同会社に返却したことは認めるが、本件保証契約がこれにより合意解除されたとの点は否認する。
右手形返還の経緯は次のとおりである。
不二商事は協同化学と共にパーム油の品質不良を理由として、公団に対し代金の減額を求めて来たが、公団は、売買契約の約定条項(第三条)に「売買油脂については品質のクレームは一切認めない旨の定めがあるので、減額請求を拒んだが、その後数次の交渉の結果、本件代金債権を引継いだ被控訴人(関東財務局の担当事務官)と不二商事を代理する長谷川俊一及び協同化学の代理人藤井賢一との三者間に裁判外の和解の相談が進み、(一)不二商事と協同化学は連帯してパーム油残代金二千百九十一万一円とこれに対する昭和二十七年三月十五日以降年六分の利息を支払う義務あることを確認し、被控訴人に対し、同人の指定する方法により昭和三十年三月十四日までに支払うこと。(二)不二商事は被控訴人に宛て左記手形を振出すこと、(イ)額面は前示元利金と同額のもの一通、(ロ)支払期は一ケ年以内の先日附とし、その期日到来前に右同様のものに書替えること、以上(一)(二)の内容を有する和議案をまとめ、同案は関東財務局において大蔵大臣の承認を得て、不二商事社長に通知し、右案による裁判所の即決和解をなすべき旨を申入れ、他方その手続方を東京法務局長に依頼した。ところが不二商事の代理人長谷川は右和解が成立すれば前示案(二)の手形を被控訴人に差入れることになるから、さきに不二商事から差入れていた手形は不要となる関係にあるので、右(二)の手形を差入れるから、旧手形を返して欲しいと申出たので、右申出を受けた関東財務局担当事務官は、前示和解の成立と、(二)の手形の差入れとを信じ、旧手形を返還したものであり、保証契約を合意解除したため返還したものではない。次に控訴人の予備的主張(ロ)については、協同化学がその振出手形を被控訴人に差入れたことは認めるが、本件保証契約が右手形の差入れを解除条件とするものであったとの点は否認する、
と述べ、予備的請求として
仮りに保証契約に基く請求が認められないならば、前記手形の返還はすでに述べた事情の下になされたものであるから、裁判上の和解に不二商事が応じてその成立に協力すること、並に右和解による新手形を差入れるという約旨の下になされたものであるところ、不二商事は右手形の返還を受けた後約旨に反し裁判上の和解に応ぜず、従って新手形の差入れもしなかった、これは前述長谷川が不二商事の代理人として裁判上の和解に応ずる意思がなく又和解案(二)の手形を差入れる意思もないのにそれらの意思があるように装い関東財務局徴収担当官をそれらの意思があるように誤信させ、その誤信に基き旧手形を返還させ、これを詐取したものに外ならない。そして被控訴人はこれにより同会社に対する手形上の請求権を失い、手形金額のうち、本件残代金とこれに対する本訴請求の遅延利息の限度において損害を受けたので、その賠償として右金額相当の金員の支払を求める。
更に仮に旧手形の返還につき、不二商事の代理人に欺罔の所為がなく、不法行為とはならないとしても、旧手形の返還を受けたことにより、不二商事は被控訴人が手形債権を失わせると共に、手形債務を免がれ前述の金額の限度で、法律上正当の理由なくして利得したことになり且つ右正当の理由のないことは、利得当時不二商事の代理人においては、上叙手形返還の事情よりして知っていたことであるから、不二商事は悪意の受益者として、右金額相当の金員を支払うべきものである。よって本訴請求をなす旨陳述し、控訴人の時効の抗弁に対し、被控訴人はあくまで控訴人の保証債務の存することを信じているものであるから、万一本訴において右主張の容れられない場合その時において始めて損害及び加害者を覚知するに至るものというべく、従って被控訴人主張の不法行為債権は未だ消滅時効の進行を開始しておらないのであり、時効によって右債権が消滅するいわれはない。
と述べ、<省略>。
控訴代理人は、<省略>。
<省略>被控訴人の予備的請求原因に対する抗弁として、
(1) 被控訴人の不法行為による損害賠償請求の主張が仮りに容れられるとしても右損害賠償請求権は、被控訴人が損害及び加害者を知った昭和二十七年九月十二日の手形返還の日ないし裁判上の和解期日である同年十二月十九日から三年を経過した同三十年九月十二日ないし同年十二月十九日限り、民法第七百二十四条の消滅時効の完成によって消滅した。
(2) 不当利得返還請求についてもその実体は不法行為に外ならないから民法第七百二十四条の準用を認むべきであり、前同様昭和三十年九月十二日ないし同年十二月十九日の経過によって右不当利得返還請求権は時効消滅している。
(3) 仮りに(1)及び(2)の主張が認められないとしても、右(1)及び(2)の債権は、民法第百六十七条第一項の消滅時効によりおそくとも昭和三十七年十二月十九日の経過によって消滅している。
と陳述し、<以下省略>。
理由
一、油糧砂糖配給公団が昭和二十七年三月十五日訴外協同化学株式会社に対しパーム油脂百三十四トン百三十七キログラムを代金はこれを二千四百三十九万二千一円とし、うち二百四十八万二千円は契約と同時に支払い、残額は同年九月十四日までに日歩二銭五厘の遅延損害金を付して支払うことの約定の下に売渡し、右二百四十八万二千円は協同化学において即日公団に支払い現品は同年三月三十一日までに公団から協同化学が委任した取扱代行者不二商事株式会社に対し荷渡指図書により引渡されたこと、右現品引渡の際不二商事が同年九月十四日を満期日とし、本件売買代金の元利金を額面とする約束手形を公団宛に振出したが後に右手形は不二商事に返却されたこと及び控訴人が、昭和二十九年七月二十三日不二商事を吸収合併してその権利義務を承継したことは当事者間に争いがなく、被控訴人が同二十七年四月一日公団からその協同化学に対する前記売買代金債権残額二千百九十一万一円及びこれに対する同日以降の日歩二銭五厘の割合による約定遅延損害金債権の譲渡を受けこれが通知を協同化学に対してなしたことは、原審証人井上俊介の証言により真正に成立したものと認める甲第八号証の一及び同号証の二の一、二、原審証人柘植敏雄、同島津昭、同井上俊介の各証言並びに弁論の全趣旨を符合してこれを認めることができる。
二、そこで不二商事が協同化学の公団に対する前記買受代金債務を保証したか否かについて判断する。<省略>。
<省略>を綜合すると、公団は協同化学との間の前記売買契約の際協同化学に対し荷渡後百八十日の代金延納を認め、その代償として残代金につき荷渡後日歩二銭五厘の金利を付加支払うこと及び右支払を担保するため協同化学が荷渡指図書と引換に残代金とこれに前記金利を加算した金額を額面として、支払期日を振出日より百八十日先、支払場所を東京手形交換所加入の金融機関とする約束手形を公団宛に振出すことを約定せしめたけれども、右債務につき他に保証人を立てしむべきことの約定はなされておらず、且つ、不二商事(右売買契約締結当時即ち昭和二十七年三月十五日当時は明光商事株式会社であったが、同月十八日他会社と合併し不二商事となった)と公団との間においても、不二商事が、協同化学の公団に対する右債務を保証する趣旨の契約は何らなされなかったこと、不二商事は公団と協同化学との間のパーム油売買契約の仲介人であり、契約成立後は協同化学の代理人として現品の受渡、代金支払事務等を行っていたにすぎないが、現品受渡が円滑に行なわれるようにとの配慮から協同化学には無断で、同会社が公団との前記約旨に従い手形を差入れるまでの間の担保手形とする趣旨で便宜上これに代って自己の手形を振出したものであって、協同化学の右代金債務につき手形外の保証をなす意思により振出されたものではないこと、また公団においても右手形を特に不二商事が手形外の保証責任を負担する趣旨のものとして受取ったものではないこと、不二商事が右手形を振出した後の昭和二十七年三月三十一日公団と協同化学との間で前記売買に基く代金債務の弁済に関し公正証書が作成されたが、右公正証書においても不二商事を保証人たるべきものとしておらず、その作成前に公団から協同化学に提示された原案においても保証人に関する部分の印刷文字は殊更抹消されており、公団としては不二商事をして右債務を保証せしめる意思のなかったことが窺えること、これに反しその後協同化学の買受けにかかるパーム油にクレームが生じたことにより同社から関東財務局(その頃公団の債権債務を引継いでいた)に対し値引きの陳情がなされた際、同財務局は値引きには前例がないから応じられないが二年半の代金延納及び金利低減を認めるとして大蔵大臣の認可を得た上和解案を作成したのであるが、それには、不二商事が既に前掲手形を振出していたにも拘らず、これに連帯責任を負わせ、これが履行の担保として残債務金を額面とする約束手形を被控訴人宛に振出すことを義務づける趣旨の記載がなされていること(そのために不二商事において和解に応ずるところとならず不成立に終った)、本件売買契約締結当時協同化学はマーガリン製造業者としてかなりの信用があり代金支払能力に欠ける点はなかったこと、公団は現金の一時払による払下が原則であったが昭和二十六年政令により解散し同二十七年三月末日限り清算事務を完了しなければならない事情にあったので、その手持のパーム油を早急に売却すべき必要上代金の延払による払下を認めざるを得なくなり、本件売買もまた右状況下において締結された契約であること、以上の事実を認めることができる。<省略>。
右事実によれば、不二商事は協同化学と公団間の本件パーム油の売買に関し協同化学が負担すべき代金債務につき公団との間で保証契約を締結したことはなく、且つ、不二商事が、公団に宛てた前記手形の振出は、不二商事において該手形上の債務を負担すべきものたるにとどまり、協同化学の公団に対する右買受代金債務につき手形外の保証責任までも負担したものではないことが認められる。
然らば、不二商事が協同化学の公団に対する買受代金債務を保証したとしてその履行を求める被控訴人の主たる請求は控訴人のその余の主張について判断するまでもなく失当として棄却を免がれない。
三、次ぎに被控訴人の予備的請求について判断する。
被控訴人の主張する如く、仮りに不二商事が裁判上の和解に応じ、且つ右和解による手形を振出す意思がないのに以上の意思があるように装い、関東財務局徴収係官を欺罔して不二商事振出の手形を騙取したものであるとしても、右裁判上の和解が昭和二十八年二月十一日不二商事の応諾拒絶により不成立となったことは被控訴人において自ら認めるところであるから、同日被控訴人は右不法行為による損害及び加害者を知ったものと認め得べく、従って同日より起算して三年たる同三十一年二月十一日の経過を以って控訴人に対する損害賠償請求権は時効消滅すべきものといわざるを得ず、また、被控訴人の主張する如く仮りに不二商事が右行為により不当利得したとしても、原審証人沢崎正夫の証言により真正に成立したものと認める甲第九号証によれば、関東財務局徴収係官大野秋生が右手形を不二商事に返却したのは同二十七年九月十二日であることが認められるので、被控訴人の不二商事に対する不当利得返還請求権は同日発生したものというべく、従って右請求権は同日より起算して十年である同三十七年九月十二日の経過を以って時効消滅すべきものといわざるを得ない(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効に準ずべきであるとの控訴人の主張は採らない)。然るところ、被控訴人が予備的に不法行為による損害賠償請求及び不当利得返還請求をなしたのは、本件が当審に係属した後の昭和四十年十月九日であることは裁判所に明白であるから、被控訴人の右請求はいずれも請求権の時効消滅後に提起されたものとして失当たることは明らかなところであり、控訴人のその余の主張について判断を加えるまでもなく棄却さるべきものである。
よって右と趣旨を異にし被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、被控訴人の請求はいずれもこれを棄却し、<以下省略>。